酒場の扉を開け、外に出た瞬間、小さな影がぶつかって来た。
「ふにゃ!」
「あ、ごめん大丈夫かい?」
悲鳴を上げて転が子供を助け起こす。
見たところ10代前半というところか、黒髪で愛嬌のある顔立ちをした少年だ。
「怪我はないかい?・・・どうしたんだい?もう外は真っ暗だよ?」
「僕、ジェンドとはぐれちゃったの」
子供は顔を歪めて泣きそうになる。
「泣かないで、ええと、ほらアメをあげるよ」
「わー♪ありがとうー♪」
懐からキャンデーを取り出して渡すと、子供はすぐに泣き止んで笑顔を見せる。
保護者とはぐれてしまったらしい子供をほおっておくわけにもいかない。
「もう夜だし、お兄さんも一緒に探してあげるよ」
頭に軽く手を載せてそう言ってやると、子供は嬉しそうに口を開く。
「ありがとー!僕、十六夜」
「俺はカイ」

それらしい人物を探し、辺りを見回してから、
自分はジェンドという名前しか知らない事に思い当たる。
顔も姿も分からない人物を探そうとしていた自分に少々落ちこみ、
傍らの十六夜に問いかける。
「・・・そういえば、ジェンドはどんな人なんだい?」
「ジェンドはとっても強くて優しいよ」
全く人探しには役に立たない事を即答される。
「・・・うーんと、背丈とかは」
「僕より大きいよ」
確かに大抵の大人は十六夜より大きいだろう。
どうやら、十六夜からジェンドの情報を聞き出して探すより、
十六夜をジェンドの居そうな所に連れて行く事を考えた方がよさそうだ。
「じゃあ、ジェンドとはぐれたのはどの辺だい?」
「あっちの方」
十六夜は町の中央を少し離れた辺り、民家が並ぶ方向を指差す。
「じゃあ、とりあえずそっちに行こうか」
「ふに、何で?」
「向こうも十六夜を探してるだろうから、なるべくすれ違いにならないようにしないとな」
「カイ頭いいー」
「じゃ、行こうか」
「うん!」

十六夜のペースにあわせて歩きながら、聞き忘れたことを思い出す。
「そういえば、十六夜はどうしてジェンドとはぐれたんだい?」
「ジェンドと買い物をしてる時に、変わった虫さんがいたの」
「うん」
「その虫さんの後をついて行ったらはぐれちゃったの」
「・・・そうか」
何となくその光景が目に浮かぶような気がした。
「で、ジェンドは十六夜の・・・」
「あ!ジェンドー!」
突然、十六夜が発した声に言葉が遮られる。
十六夜の視線の先、右手の方に目をやると、確かに人影が見える。
人影も此方に気づいたようで、凄い勢いで走りよってくる。
これで一安心と思った瞬間、よく意味が分からない叫び声が聞こえた。
「キサマぁぁあ!」
「え?」
人影は走りながら右手を振り上げる。
「十六夜になにをしたぁぁあ!」
首から上が無くなったような感覚と同時に、意識はアッサリと無くなった。


次に目を開けたとき見えたのは白い天井だった。
どうやらベッドに寝かされているらしい。頭がガンガンと痛みだす。
意識が飛ぶ前に人影が右腕を振り上げたのが見えたので殴られたと思うのだが、
実は早すぎて殴られたのかどうかも自信が無い。ひょっとすると蹴られたのかもしれない。
どちらにしろ痛いのは変わらないので、さして問題ではないだろう。
そこまで考えて馬鹿馬鹿しくなり、起き上がる。
「あ、カイ起きた?」
見ると、心配そうな顔の十六夜と仏頂面の青年が立っている。
十六夜の側に立っている青年が多分ジェンドなのだろう。
先ほどは暗くてよく分からなかったのが、明るい場所で見ると結構な美青年である。
端正で女性的な顔立ち、長く艶やかな黒髪、褐色の肌、
きつい顔立と左頬の十字傷が玉に瑕だが、それを差し引いても十分以上に美形である。
「ジェンド、ほら」
渋々といった感じで青年が口を開く。
「・・・悪かったな」
どうやらこの青年がジェンドで間違いないらしい。
さらに気絶している間に、自分に対する誤解が解けたことも間違いないようだ。
どんな誤解だったのかは知らないが、恐らく誘拐犯にでも見えたのだろう。
「カイ、大丈夫?」
「ああ、なんとか大丈夫みたいだ」
「そうか、ならもう帰れるな?」
冷たい声でジェンドが言う。どうやら誤解が解けてもあまり好かれていないようだ。
「ダメだよ、暫く安静にしてなきゃ。今晩は泊まっていって」
「でも・・・悪くないか?」
「大丈夫だよ、ベッドも二つあるし」
その十六夜の台詞に何となく引っかかるものを感じたが、ありがたい申し出ではある。
今日の宿は決まっていないし、頭がまだ痛むのも事実だ、甘える事にした。
「じゃあお世話になるよ」
「うん!」

「ところで・・・その、二人はどういう関係なんだ?」
「見れば分かるだろう」
自分と十六夜のやり取りを不機嫌そうに見ていたジェンドが憮然と言う。
見ても分からないから質問しているのだが、そういわれては考えないわけにもいかない。
ジェンドは十六夜の保護者だろうと無意識に思っていたが、不思議な組み合わせである。
兄弟は肌の色が違うし、親子というのも無理があるだろう。
「・・・親戚の子供を預かってるとか?」
「違う、私達は夫婦だ」
全く予想していなかった事を言われ、脳がパニックを起こす。
必死に思考を整理して何とか一つの仮説を導き出す。
「あ、もしかして、十六夜は女の子なの?」
「ふに?僕男だよ?」
あっさりと仮説は否定される。
再び必死に思考を整理すると、再び一つの仮説が浮かび上がる。
世の中には色々な趣味というか、なんというか、とにかくいろいろな人が居る。
「えーと、ひょっとして、その、そういう趣味・・・なのか?」
「私は女だ!」
「え?」
「私の何処が男に見える!」
どうやらジェンドの機嫌をかなり損ねてしまったらしい。
ただでさえ好かれていないようなのに、このままだと再び意識が飛ばされかねない。
ジェンドが女性だったという驚きを無理矢理押さえ込んで、必死に口を開く。
「冗談だよ!うん、お似合いの夫婦だな、ほんとに」
我ながら無茶苦茶だと思う、殴られる事を覚悟する。
「そ、そうか?・・・まあ、一晩くらい泊まっていってもいいだろう」
まんざらでもない、というか露骨に嬉しそうな顔にジェンドがなる。
信じられないが効果があったらしい。

「カイ、寝る前に一緒にお風呂入ろー」
「ああ、いいよ」
そう答えた瞬間、凄まじい量の殺気がジェンドの方から叩きつけられる。
「あ、そういえば俺風邪気味だから風呂はやっぱり遠慮するよ」
「みゅう、残念」
一瞬で殺気は消える。
「十六夜、私と入ろう」
「うん、一緒に入るー♪」
「・・・ええと、いつも一緒に入ってるの?」
「うん」
「夫婦だから当たり前だろ」
即答される。
何となく犯罪的な気がしないでも無いが、突っ込むと生命の危険がありそうなので黙り、
二人が楽しそうに浴室に消えていくのを見送る。

暫くして、寝巻きに着替えた二人が浴室から湯気を纏いながら出てくる。
「私達はそろそろ寝る、お前はそのベッドを使っていいぞ」
そういって先ほど寝かされていたベッドを指差される。
その瞬間、十六夜の台詞の引っかかりを思い出す。
「ありがとう、でもベッドって二つしか無いんじゃなかったっけ?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、二人はどうするんだ?」
「もう一つのベッドで寝るに決まってるだろう」
「え?」
「夫婦だから当然だろう」
一瞬、意味が分からなかったが、すぐに一つのベッドで一緒に寝るらしいと思い当たる。
「あ、ああ!当然だな」
「そうだろう、じゃあな」
「カイおやすみー♪」

二人が隣の部屋へ消えていき、小さくため息をつこうとした瞬間、
ジェンドが一人で突然戻ってくる。
「一つだけ言っておく」
「な、なんだ?」
「私達の部屋に入ってきたら殺すぞ」
「入らない!誓って入らない!」
「よし・・・あと、迷子の十六夜を見つけてくれて、その、ありがとう」
想像もしていなかったことを真顔で言われる。
何となく、ジェンドが十六夜とうまくやっていける理由がわかった気がした。
「あのくらいなんでもないさ」
「とにかく!礼は言ったからな!」
大きな音を立てて扉が閉まる。
「変な夫婦」
苦笑いがこぼれる。
ベッドに横になりながら、そのベッドが妙に綺麗なのに気づく。
急な来客で取り替えたのでなければ、恐らくあまり使われていないベッドなのだろう。
そうすると、何時も二人が何処で寝ているかは考えるまでも無い、夫婦だから当然だろう。
誰にでも笑顔を振りまき、なんでも大切に思う十六夜と、
他人なんかどうでもよさそうだが、十六夜だけは大切そうなジェンド。
「・・・まあ、幸せそうな夫婦だよな」
そう小さく呟いて目を閉じた。